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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)1177号 判決 1985年10月14日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人

石川礼子

被告

甲野花子

右訴訟代理人

馬場俊一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二七三〇万円及びこれに対する昭和五九年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告は、昭和三二年一〇月一二日婚姻し、両者間には昭和三七年に長女A、同四四年に次女Bが生まれた。

2  原告は、昭和四五年七月二六日別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)を購入し、右土地上に、同四六年五月八日、別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)を新築し、被告ら家族と共にこれに居住するに至つた。

3  ところで、原告と被告は、昭和五九年頃から双方の著しい性格の不一致から夫婦仲が悪化し、同五六年頃から両者において離婚に向けて具体的に話し合いがなされるに至つた。そして、原告と被告間において、同五七年一一月九日、離婚の際の原告より被告に対する慰藉料、財産分与及び被告と子供らの生活費として、本件土地及び建物を三六三〇万円で他に売却し、右売却代金から売買仲介手数料及び右土地建物に関する住宅ローンの未払残額の一括返済金並びに原告取り分金四五〇万円を差引いた残金を、被告が受けることを約した。

4  ところが、被告が原告に無断で、昭和五七年八月一四日本件土地につき持分二〇分の一七を被告名義に変更していることが判明したため、原告と被告は、同年一一月一七日前項の契約を次のとおり変更した。すなわち、被告は同年一二月一五日までに本件土地の持分二〇分の一七を原告所有名義に戻し、そのうえで、前記契約と同じく、原告は本件土地、建物を金三六三〇万円で他に売却し、右売却代金から売買仲介手数料及び右土地建物に関する住宅ローンの未払残額の一括返済金並びに原告取り分四五〇万円を控除し、その残金をもつて原告が、自己名義で被告の希望する土地建物を新たに取得したうえ、右取得後一か月以内に被告に対し右土地建物の所有権を移転し、被告のために所有権移転登記手続をするというものである。

5  そこで、原告は右契約に従つて、昭和五八年三月二二日訴外乙野松夫に本件土地建物を金三六三〇万円で売却し、右代金から売買仲介手数料及び原告取り分金四五〇万円を差し引いた残金二七三〇万円を被告に預けた。その際、原告は被告との間に、被告が原告にかわつて右金員から本件土地建物のローン残額及び本件建物の増改築のための借入金額を支払つたうえで、原告名義で新たな土地建物を購入し、原、被告間の離婚成立と引換に、右土地建物を原告は被告に離婚に伴う財産分与、慰藉料名下に被告の所有名義に所有権移転することを確認した。

6  ところで、原告は、被告との間に前記のような本件土地建物の処分の話を進めると同時に、昭和五七年一二月、被告との離婚時における長女A及び次女Bの親権者の定め等離婚に伴う諸条件をとりきめるため、横浜家庭裁判所に婚姻関係調整の調停申立をし話し合いを進めていたが、被告が前項のとおり本件土地建物の売却による預託金を受けるや、次回の調停期日である同五八年四月二一日に離婚の意思がないことを言いはるに至つたため、右調停は不調となつた。

7  そこで、原告は被告に対し、前記預託金二七三〇万円は原、被告が離婚することが停止条件として、前記配分契約により原告より被告に預託されたものであるから、被告が右離婚を拒絶する以上その返還を請求するものである。

8  よつて、原告は被告に対し預託金二七三〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五九年七月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実を認める。

2  同3の事実のうち原告主張の日に原・被告間に本件土地建物を金三六三〇万円で他に売却しその売却代金から原告主張の金員を差引いた残額を被告が受取る旨の契約がなされたことを認めるが、その余は否認する。

3  同4の事実のうち、被告が原告に無断で本件土地の持分二〇分の一七を自己所有名義に変更したことを否認し、その余はこれを認める。

4  同5の事実のうち、残額金を被告に預託したこと及び原、被告間で、原告は被告に対し、離婚成立を停止条件として新たな不動産を財産分与、慰藉料名目で移転することを確認したことを否認するが、その余はこれを認める。

5  同6の事実のうち、原告がその主張どおりの調停を申立てたこと、被告が原告との離婚に反対し右調停が不調となつたことは認めるが、その余は否認する。

6  同7及び8の主張は争う。

7  附言するに、右残代金は被告が原告から次のとおり離婚を前提とせずに贈与を受けたものである。

(一) 原告は、石川島播磨重工業株式会社で勤務し、昭和五一年頃より石川島産業機械株式会社へ出向になり、福島県安達郡本宮町の本宮工場に単身赴任したが、同地で人妻の丙野梅子(当時の姓は乙原)と情交関係を持つに至り、被告は昭和五五年四月頃その事実を知つた。

(二) 原告は同五五年一二月に東京本社勤務となり被告ら家族のもとに帰り、原、被告一家四人は平穏な生活に戻つた。

(三) ところが、同五七年四月丙野梅子が離婚して上京し、原告との関係がよりを戻し、被告や長女A、次女Bに対して威嚇するような言動に出るに至つた。

(四) そこで、被告は原告と相談のうえ、右丙野から身を隠すため当時居住していた本件土地建物を売却し、他所に引越すことになつた。

(五) その際、原告は被告に本件土地建物を贈与し、被告がこれを売却し、新たに移転居住する土地建物を購入する予定であつたが、夫婦間で居住用の不動産を贈与した場合における税金の関係で、配偶者控除プラスの基礎控除の範囲内に贈与をとどめる必要から、まえもつて本件土地の所有名義を変更することになり、本件土地の二〇分の一七を被告名義にした。しかし、不動産仲介業者からは、本件土地建物の売却は単独所有者名義の方が売り易いので、名義を一つにして貰いたいと要求されたため、右被告名義を原告名義に回復し、新たな土地建物も節税上、原告名義で購入し、その後に原告が被告名義に移転することを合意した。

(六) このようないきさつから、本件土地建物が売却されたものであり、原告主張の右売却金残金は被告が原告から被告所有の新住居の土地建物購入のため贈与されたものである。

三  被告の不法原因給付の抗弁

仮に、原告が被告に対し、原告主張のような預託金返還請求権を有するとしても、右預託金は、原告主張によると、原告と被告の離婚の成立を停止条件として給付されるものであり、被告が離婚に応じないので返還を求めるというが、原告の被告に対する離婚の要求は前記二の7で述べたとおり丙野梅子との原告の一方的な不貞行為によるもので、原告は被告と離婚して現在同棲中の右丙野と婚姻するために、何の非もない被告に離婚を迫るものであり、かかる離婚を停止条件とする金銭の給付は、民法七〇八条所定の不法原因給付にあたり、これを給付した原告の被告に対する返還請求は許されない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、原告が現在丙野梅子と同棲中であることは認めるが、その余は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一(原告の請求原因に対する判断)

1  原告の請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

2  原告と被告間において、昭和五七年一一月九日、本件土地及び建物を金三六三〇万円で他に売却し、右売買代金から売買仲介手数料及び右土地建物に関する住宅ローンの未払残額返済金、原告の取り分金四五〇万円を差引いた残額を被告が受領する旨の契約がなされたことは当事者間に争いがない。また、<証拠>によると、右契約は、原、被告が将来離婚することを前提として贈与の効力は生ずるが、若し離婚が成立しないときにはその効力を失うという、いわゆる将来の離婚を解除条件として締結されたものであることを認めることができ、右認定に牴触する被告本人の供述部分は右証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  原、被告間において昭和五七年一二月七日請求原因4記載のとおり、右契約のうち、被告に対する金銭の贈与が、土地建物の贈与に変更されたことは当事者間に争いがない(但し、契約日については、<証拠>によつて昭和五七年一二月七日と認める。)。

4  原告が被告との前項の契約に従つて本件土地及び建物を請求原因5記載のとおり金三六三〇万円で売却し、それから売買仲介手数料及び原告の手取分金四五〇万円を差引いた残金二七三〇万円を被告において受領したことは当事者間に争いがない。

5  原告が被告に対し、昭和五七年一二月横浜家庭裁判所に婚姻関係調整の調停申立をし離婚を求めたが、被告が昭和五八年四月二一日の調停期日において離婚の意思のないことを表明したため、右調停が不成立となつたことは当事者間に争いがない。

6  以上の事実によると、被告が受取つた原告所有の本件土地建物の売却残代金二七三〇万円は、前記3記載の贈与契約の変更により、原告が被告に対し、形式的には、原告が被告に新たに購入する土地建物を贈与する形をとつているものの、実質的には右契約により原告が被告のために新たに購入する土地建物の購入代金として贈与されたものと解しうるが、しかし、右契約は、被告が原告の求める離婚に応ずることを前提とし、これを解除条件としてなされたものであり、被告が離婚に応じないことが確定しているのであるから、右契約は効力を失い、被告は原告に対し受領した本件残代金の返還義務があるといわざるをえない。

二(抗弁に対する判断)

1  そこで、被告の抗弁につき検討するに、<証拠>によると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、被告と昭和三二年一〇月一二日婚姻し、両者間に昭和三七年六月一四日に長女Aが、また同四四年六月一九日次女Bが出生したこと、

(二)  原告は、結婚当初、芝浦共同工業株式会社に入社し、その後、石川島播磨重工業に勤務するに至り、昭和五一年頃、同重工業の子会社に出向し、福島県安達郡本宮町所在の右子会社の工場に勤務することになり単身赴任したこと、

(三)  婚姻後の原、被告の夫婦仲は、二人の子供を入れて極めて円満であり、単身赴任後も、原告は、月数回折りをみて帰宅しており、当時までは被告にとつてはよき夫、子供らにとつてはよき父であつたこと、

(四)  ところが、原告は昭和五五年四月頃より単身赴任先で知り合つた、人妻丙野梅子(当時の姓は乙原)と情交関係をもち、深い関係となるに従つて順次被告との間に溝ができたこと、

(五)  原告は昭和五六年六月、福島の出向先から本社勤務となり、被告と共に生活することとなつたが、後を追うように、離婚した丙野梅子が上京し、その後、原告と同女との関係は切れないのみか益々深みに陥り、被告ら家族の生活をかえりみなくなつたこと、そこで、被告は原告に対し昭和五七年に東京家庭裁判所に夫婦関係調整の申立をなし、同年一一月五日、原、被告間に生活費支給の調停が成立したこと、

(六) ところが、その頃より、原告は丙野梅子と婚姻する意思をかためて、被告に対し離婚を迫るに至り、昭和五七年一一月九日、被告との間に前記一2記載どおりの贈与契約をしてこれを公正証書(甲第二号証)とし、さらに同年一二月一七日前記一3記載どおりの変更契約をして、これを公正証書(甲第三号証)としたこと、その結果として、本件土地建物の売却残代金二七三〇万円が原告から被告に贈与交付されたこと、

(七)  しかして、原告は、自己が被告に対し横浜家庭裁判所に申立てたが、昭和五八年四月二一日の調停期日において、被告が離婚の意思のないことを表明するに至り、東京家庭裁判所における前調停条項に基づく被告への生活費の支給を打ち切り、さらに、前記の残代金二七三〇万円の返還を求めて本訴を提起するに至つたこと、

(八)  その後、被告は、居住家屋を前記のとおり売却したため、現在は借家で高校生である次女と同居し、交付を受けた右残代金をその生活費にあて、どうにか生計を立てていること、

(九)  他方、原告は丙野梅子と同棲し、生活を共にしていること、

<証拠判断略>他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右事実によると、原告が、被告に対し本件土地建物の売却残代金を贈与交付したのは、自己に不貞行為があり有責者として到底、被告に離婚を求めえない立場にあるのに、離婚原因の全くない被告に対し離婚を強要する対価としてなされたものであり、右給付は不法なものであるから民法七〇八条一項の類推適用により、原告は被告に対し本件贈与契約が効力を失つたからといつて、右贈与金の返還を求めることはできないと解するのが相当である。

3  してみると、被告の抗弁は理由がある。

三よつて、原告の被告に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官山口和男)

物件目録

(一) 横浜市金沢区富岡町××八〇〇番三九

宅地 一八四・三一平方メートル

(二) 横浜市金沢区富岡町××八〇〇番地三九

家屋番号 八〇〇番三九

居宅・木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積

一階 四七・二〇平方メートル

二階 四〇・五七平方メートル

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